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『シルビー』<ネルヴァル [あらすじ]

『シルビー』あらすじ
(一)失われた夜
 「私」はとある劇場から外へ出るのだった。毎回のようにここへ来るのだったが、それはある女優がお目当だったからである。
 私は彼女が生きがいと感じるほどだった。だがその女優の私生活に関しては殆ど関心がなかった。
 頃はフランス革命が終わった一種異様な時代が過ぎ去ったころのことだった。
 劇場を出ると私はあるクラブへ行くのが慣わしだった。その日もしそこへ行って仲間と一緒に飲んだりしていると、その女優とある男がねんごろだという話しを聞く。私はその果報者を遠目に見たが特になんともおもわなかった。
 そのクラブの新聞閲覧室で見た新聞で私の持っている公債が値上がりしそうだと出ていた。私はまた金持ちになりそうだった。そうなれば私は彼女を自分のものにすることができる。だが「金で女を買う」などという考えは時代遅れではないかと感慨に耽っていたとき、別の記事を見た。それは故郷のサンリスで祭りが行われるという記事だった。
(二)アドリエンヌ
 部屋に帰ってベッドに入ると昔のことがまざまざと思い出された。それは若い娘たちが古い歌を歌いながら輪になって踊っている光景だった。同時に私はヴァロワ(パリ北東あたりの地名)にいる思いだった。
 この輪踊りの中で私はたった一人の男の子だった。シルビーという女の子を連れていた。私は彼女しか愛していなかった。ところがその輪の中にアドリエンヌという別の女の子がいた。
 偶然その輪の中で、私はそのアドリエンヌと二人だけになった。私はその美しいアドリエンヌにキスをするようにみんなから言われた。私は心の動揺を感じた。アドリエンヌは輪の中へ戻るためには歌をうたわねばならなかった。アドリエンヌはこの地方に伝わる古い歌を歌ったが、それは心にしみるような声だった。
 闇が降りてきていた。歌は終わった。私は城館の花園のところへ走って行って、月桂樹の枝を折り、編んでリボンをつけそれをアドリエンヌの頭につけた。彼女はまるでダンテの『神曲』に出てくるベアトリーチェのようだった。
 彼女は立ち上がって、ほっそりとした身体をのばし皆に挨拶をすると走って城館の中へ帰って行った。彼女はヴァロア家の血を引く、孫娘だったのだ。それ以後再び彼女と会うことはなかった。預けられていた修道院へ帰って行ったからである。
 シルビーの傍へ帰ると彼女は泣いていた。もう一つ作ってあげようと言っても彼女は拒否した。私は勉学のためパリに戻ったが、アドリエンヌの姿だけが勝ち残ったようにあった。その後アドリエンヌは終生修道院で暮らすことになったという噂を聞いた。
(三)決心
 夢うつつで見たこの思い出。一人の女優に対する恋い心。これはアドリエンヌから芽生えたものであった。
 女優の姿のもとに修道女を愛していたのだ。だが現実に戻ろう。シルビーがいたのだ。ロワジー村で一番美しいシルビーが。シルビーがいた窓辺のことが思い出された。シルビーは「パリっ子」と言われた私を愛してくれていたのだ。
 伯父が残してくれた財産(公債)が今蘇った。今は何時だろう。時計を見ると午前の一時だった。パレロワイヤル広場へ行き客待ちをしている馬車の御者に「サンリスのロワジー村へ」と言った。フランドル街道はなんと陰気なのだろう。だが田舎へ行ったことを思い出そう。
(四)シテールへの旅
 何年かが過ぎ城館の前でアドリエンヌに会った頃のことは、もう昔の思い出の一つになっていた。久しぶりに私はロワジーの村へ来ていた。騎士の集いに入れてもらった。陽気な騎馬の連中がシャンティやコンピエーニュやサンリスから若者が集まり、川の中州で会食が催された。
 舟で湖を渡るという企画はヴァトーの「シテールへの旅」を彷彿とさせるものだった。私はシルビーの傍に座ることができたが「私のことなんか忘れちゃったのよ」と言ってシルビーは何となくよそよそしい。頬にキスをしたが儀礼的な感じだった。
 祭りの世話役が、白鳥が花輪や花冠をつけて飛び立つという思いがけない趣向を見せてくれた。落ちてきた花の一つを私はシルビーに差し出した。シルビーはさっきとは違って情のこもったキスをさせてくれた。しばらく見ぬうちにシルビーは、昔の田舎娘ではなく古代の美術にでも出てきそうな美しい魅力的な女性になっていた。シルビーと私は踊りの群れから抜け出し、二人で懐かしい思い出話しに耽った。だがシルビーの兄が来て、帰る時間だと告げた。
                 (五)村
 私は彼らをロワジーの狩猟番人小屋まで送って行った。それから伯父の家へ行った。そこまでは1キロほどあったが、途中ドルイド教の巨石が見え続けていた。私は途中ヒースの茂みの中で朝まで眠ってしまった。目が覚めると周囲にいろいろな廃墟や城館のあとや塔などが見えた。
 私は夜中シルビーのことを考えて楽しかった。目が覚めて城館を見た時アドリエンヌのことが思いだされた。だが現実に戻ってシルビーを起こしに行こうとロワジーへと向かった。森林の道に沿って行くと20軒ほどの集落に着き、そこにシルビーの家があった。階段を登りシルビーのところへ行くと彼女はレースを編んでいた。ところがその手を休めて、オチスにいる伯母さんのところへ行こうと言って立ち上がった。私たちはテーブ川に沿って出かけた。ツグミが鳴いていたり四十雀が飛び立って行った。私はルソーの『新エロイーズ』の話しを聞かせてやった。シルビーは「面白いの?」といって「今度兄がサンリスへ行った時買ってきてもらおう」と言った。
(六)オチス
 林を出たところでシルビーは伯母さんのためにジギタリスの花を摘んだ。伯母さんの家は田舎屋だった。シルビーは挨拶をして、「この人は私の恋人よ」と紹介してくれた。伯母さんは私の金髪の髪の毛などを褒めてくれた。それから朝食の支度をした。その間、シルビーはレースの編み物がしまってある二階のタンスの鍵を手にして嬉しそうにしていた。私はシルビーのあとを追って二階へ駆け上った。そこには、伯母さんの夫であったコンデ家の狩猟番人の絵があった。つたない絵ではあったが、若い頃の伯母さんの絵もあった。
 シルビーはタンスの引き出しの中から、タフタ織りの晴れ着を見つけていた。「私これを着てみたいわ」とシルビーが言った。「そうすれば妖精のように見えるよ」と私は言った。
 年老いた伯母さんの服はほっそりとしたシルビーにぴったりと合った。階下から伯母さんの呼ぶ声が聞こえたが、シルビーにうながされて私も18世紀の婚礼衣装を身に着け階下へ降りて行った。伯母さんはびっくりして驚いていた。あの美しい夏の一朝を私たちは花婿・花嫁として過ごしたのであった。
(七)シャーリ
 (現実に戻って)今は午前4時だった。オリーを過ぎ、ラ・シャペルを過ぎてシゃーリに来た。ここにもまた思い出が一つある。昔の皇帝たちの隠棲の地も今では人目をひくものとしてはビザンチン様式のアーケードのある僧院の廃墟が池に影を落としている。
 (思い出に戻って)私たち、シルビーの兄と私はその晩催された行事に行き合わせた。その時私が目にしたものは古代の神秘劇と言ったものだった。一人の精霊が現れた。それがアドリエンヌだった。すでに修道女となって以前とは違う姿だった。こうしたことは本当にあったことなのかどうか、夢でもみているような気持ちになった。夢想に耽っている間に馬車はプレシーの街道で停まった。私は夢幻の世界から出た。あと15分もすればロワシーに着く。
(八)ロワジーの踊りの集い
 夜明け頃、ロワジーについてすぐに踊りの集いに入った。シルビーと彼女に付き添っている一人の青年に会った。夜明け頃にシルビーと踊りの集いから出た。私はシルビーに「もう僕を愛していないのだね」と言った。シルビーは「『新エロイーズ』を読んだ」と言った。それから「あなたはイタリア旅行中に綺麗な女の人と会ったりしたのでしょう」とも。私は「むなしい面影(パリの女優のこと)」のことを思った。・・・が私は「永遠に君のところへ戻ったのだ」とプロポーズのようなことを言った。その時シルビーの兄が酔った感じで、いきな若者と一緒に話しの中へ入ってきた。この男はシルビーに恋いをしているようだったが、気にせずシルビーと別れた。
(九)エルムノンビル
 伯父の家に行った。懐かしいものがいろいろあった。ブーシェの絵とかモローの挿絵画など。これらは生前の伯父の心を楽しませたものだ。「鸚鵡を見に行こうか」と私は小作人に言った。
 私はシルビーに会いたくなってロワジーへ引き返した。途中「哲学の殿堂」と呼ばれている神殿のような建物があった。そこにはモンテーニュとかデカルト、さらにはルソーの名前が記されていた。島のポプラのあたりに今では空になったルソーの墓があった<エルムノンビル風景。緑深いが一帯は荒涼として砂漠のようだった。子どもの頃のシルビーの姿が脳裏に浮かんだ。
(十)グラン・フリゼ
 ロワジーでシルビーに会った。皆もう起きていた。シルビーは都会趣味のお嬢さんのような身なりをしていた。部屋には昔のものはほとんど残っていなかった。私は「むしょうに」で出たくなった。シルビーはもうレース編みをしていなくて、手袋を作っているとのことだった。シルビーは「お好きなところへお供しますわ」と言った。私はオチスを暗示したが、あの伯母さんはもうこの世にはいないとのことだった。
 われわれは座って昔話しに耽った。伯母さんの家でシルビーと着た婚礼衣装のことを思い出した。伯母さんはその時より2年後に亡くなったということだ。彼女はもう百姓女ではなく手袋職人として立派な大人になっていたが、妖精のような雰囲気は残っていた。
(十一)帰り道
 私とシルビーは森を出てシャーリの池のほとりまで来ていた。昔歌った歌の話しをした。こともあろうに私はアドリエンヌの出現のことを話してしまった。私はシルビーに歌を所望した。私たちは谷を降りた。修道院の外壁のところまで来た時、私は「あの修道女はどうなったのだろう?」と不意に思いついて言った。「たいへんなのね、あの尼さんのこととなると」とシルビーは言った。恋いとは不思議なものだ。シルビーとはこどもの時から一緒だったので、とても彼女を誘惑する気にはなれない。オーレリー(あの夜毎に舞台にたっている女優のこと)は今頃どうしているのだろう。
 「あんまりうわついたことを考えてるわけにはいきませんね」とシルビーが言った。
(十二)ドデュ爺さん
 シルビーと結婚したら・・・などと考えているうちにロワジーまで帰ってきていた。そこでドデュ爺さんに会った。彼はおまじないをすることで皆からあまりよくは思われていなかったが、エルムノンヴィルでガイドをし、ルソーの話しなどしていたとのことだ。「あなたは、わしらの娘っこをたらしこみにきなすったのかな」などと爺さんは言った。さらに「都会の毒気のなかでは人間は腐敗する」とルソーの言葉を口ずさんだりもした。
 ドデュ爺さんは酒の席で卑猥な歌を歌った。そばにシルビーを恋している青年がいた。はじめ誰とわからなかったが、それは乳兄弟のフリゼだった。
 シルビーは「眠い」と言って二階の部屋へ上がっていった。私は彼女はもう自分のことを愛していないと思った。ドデュ爺さんがシルビーとフリゼが近じか結婚することを教えてくれた。フリゼは菓子店をもとうとしているのだとも。
 翌日私は馬車でパリへ帰った。
(十三)オーレリー
 パリへは5時間の行程だ。8時頃私は通いなれた劇場の席にいた。オーレリーは魅力的だった。花束を買い愛情のこもった手紙を添えてオーレリーに宛てた。翌日私はドイツへの旅に発った。
 ドイツで私は何をしようとしたのだろう?二つの恋いに夢中なるような小説は世に受け入れられないだろう。私はシルビーを失った。オーレリーの方もいつかはわかるだろうといった状態だ。
 ある朝新聞でオーレリーが病気だという記事を読んだ。早速彼女宛に手紙を書いたが、好結果がえられるかどうかはわからない。数ヶ月が過ぎた。私は恋いを主題にした詩劇を一つ書こうとした。それが書き終えられるとフランスへ帰ろうと思っていた。
 私がドイツから持ち帰った劇をオーレリーが引き受けてくれた。私はドイツからの手紙は私が書いたものだと打ち明けた。彼女は「また会いに来てちょうだい」と言った。愛に満ちた手紙を何度か交換した。彼女は「(愛を)断ち難い男がいる」ことを打明けた。会いにきてほしい旨の手紙を受け取って、私は彼女に会いに出かけた。そこでいつかの晩に見かけた美青年がアフリカ騎兵隊に入って行ってしまったという話を聞いた。
 次の夏シャンティーで競馬があった。オーレリーが所属している劇団がここで公演を行った。私は由緒あるこの地方の廃墟などに連れて行ったが、彼女はあまり興味を示したとは言えなかった。アドリエンヌに初めて会った場所へも連れて行き、昔話をして、アドリエンヌが今オーレリーとして蘇ったのだと語った。ところがこのことが彼女の反発をかって気を悪くさせてしまった。
 オーレリーはサンリスで芝居をした。そして彼女が座長に恋いをしていることがわかった。彼女は「私を愛して下さっているのはあの人よ」と言った。
(十四)最後のページ
 これが人生の朝の悪夢だ。すべては幻想なのか。思い出の光を変えたその星は、アドリエンヌだったか、はたまたシルビーだったか。それは私の恋いの両半分だった。一方は気高い理想。今一方は懐かしい現実だった。
 私は「ヨハネ聖像」旅館に泊まりに行った。周囲には懐かしい自然がある。エルムノンヴィルよ。
 幼な馴染みのグラン・フリゼに出会った。シルビーには二人の子どもがいた。グラン・フリゼが朝食の支度をしている間に、私たちは子どもたちを散歩に連れて行った。オーレリーが所属している一座がダマルタンで興行したことを話した。そしてあの女優とアドリエンヌが似ていないかとシルビーに言った。
 シルビーは「まぁなんてことを、あの気の毒なアドリエンヌはS・・尼僧院で亡くなったのよ。1832年頃に」と言った。
                           ※ ※ ※
 あらすじというより短編の縮約というまとめ方になってしまった。それにしてもネルヴァルの散文は詩情があふれ、この一編をとってみても「詩」と言っても過言ではないような印象を受ける。詩情豊かな作品だ。
 物語の背景はパリ北方の古く由緒のあるサンリス地方が舞台だ。先ず冒頭は(物語)の現在である「今」で「私」はファンとなっている女優(オーレリー)を見に毎晩のように劇場通いをしている様が描かれる。ところがふとしたことで新聞を見、そこに幼少のころに住んでいた故郷の記事が出ていたころから、急遽馬車でサンリス地方に出かけ、祭りに参加するが、幼い頃にあった城館のお姫様アドリエンヌやシルビーと踊ったことなど思い出す。その思い出も古いものや比較的新しいものが交差し重層的に物語が進む。アドリエンヌのことは一瞬の出来事のようだが、シルビーとの思い出は初恋の思い出として、具体的に描かれている。
 しばらくぶりで故郷を訪れた「私」はシルビーが、「私」の幼な友達と婚約し、その後彼と結婚し二人の子供がいる場面に遭遇する。「私」の心の中でシルビーは幻想的な恋人だったが、(平凡な)現実の母になり夢が醒めたようになる。
 再び物語が現在に戻り、「私」は、女優のオーレリーがサンリス地方の公演を実施したのについて行く。そこでオーレリーとアドリエンヌがオーバーラップしていることを告白するが、オーレリーは座長に心が傾いているようで「私を愛してくれているのは、あの人よ」と言われ、彼女も「私」から遠い存在になっていることを知る。
 物語は「現在」→「過去」→「現在」という構成で計算された作品だが、サンリス地方の古い城館のあとや廃墟のようになった修道院などとからめて叙情的な名品に仕上がっている作品だと思う。

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