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『純なこころ』<フローベル [あらすじ]

『純な心』Un Cœur Simple de Gustave Flaubert

7月革命頃の港町ル・アーブル近くの底辺に住む老婆フェリシテの純情な一生を淡々と描写している。

半世紀の間ポン・レヴェックの町の主婦たちは家政婦フェリシテがいることで、オバン夫人のことを羨んでいた。
 二人の子どもを残して夫に死なれた夫人は二つの農園はそのままにして不動産は売り払いサン・ムレーヌの屋敷を立ち退き先祖からの所有地のある町の市場の費用の少ない家の方に移った。二階には奥様の部屋があった。三階にある住み込み家政婦フェリシテの部屋にはわずかに天窓から明かりが射し、牧場の方が良く見えた。
 フェリシテは毎朝ミサを欠かさず、夕方までよく働いた。50歳を超えるともう歳は幾つかわからないほど老けて見えた。
 彼女にも人並みに恋い物語があたった。両親と死に別れたあと妹たちとも生き別れになっていた。失恋のあと彼女は悲嘆し、給金を受け取るためポン・レヴェックへ赴いた。そこでオバン夫人と出会い彼女の家政婦としてその家の人となったのだった。
 オバン夫人のところには、ポールとヴィルジニーという7つと4つになるかならない子どもが二人いた。フェリシテにとって、子どもは貴重な品のように思われた。
 時々思いだしたように、オバン夫人の叔父にあたるダルマンヴィル侯爵が訪ねてくるが勝手な振る舞いをするので、フェリシテは侯爵を体よく追い払い戸を閉めてしまう。
 ところが代言人のプウレイさんには快く戸を開けた。「奥様」の土地の管理をしている司法官だからである。
 子どもの教育は役場に雇われている貧乏書生のギュイヨーに任せてあった。
 秋のある夕方、皆は牧場を抜けて家路についた。そんな時フェリシテが牛に襲われるということがあった。この出来事は何年かポン・レヴェックの話題になった。
 このことがあってヴィルジニーは神経を痛めた。医者のブウバールさんはツルーヴィルの海水浴を勧めた。
 オバン夫人はリエバールが連れてきた二頭の馬の一つに乗り、フェリシテはヴィルジニーを引き受けた。ポールはシャトワさんから借りたロバの背中に乗った。
 一行はダヴィッドの上さんがやっている金羊館の中庭に入った。ヴィルジニーは2・3日で元気になった。
 漁師たちの一人が、教えてくれてフェリシテは別れていた妹に出会うことができた。妹は乳飲み子を含んだ3人の子どもを連れていた。だが3人の子供たちはちょっとあつかましかったし、オバン夫人の気にいらなかった。ヴィルジニーが咳きをしだしたし、オバン夫人はポン・レベックへ引き揚げた。
 ポールの中学校を選ぶのにプウレイさんが調べてくれて、ポールはカンの学校に入った。

 クリスマスの日からヴィルジニーを連れてフェリシテは教会の公教要理に毎日通った。
司祭はまず聖史のあらましを話してくれた。フェリシテは何度か聴いているうちに公教要理も覚えてしまった。
 オバン夫人はヴィルジニーを嗜みのある子にしたいと思いオンフルールの修道院入れようと決心した。ある日ヴィルジニーを連れに来たと言って尼さんが馬車から降りてきた。ヴィルジニーの乗った馬車を見送りオバン夫人は失神した。その後オバン夫人はふさいでいる感じだったので、それがフェリシテには淋しかった。「気さんじ」のため甥のヴィクトールを時々訪ねて来させる許しをオバン夫人に願った。
 夏にヴィクトールの父親が息子を沿岸航海に連れ出した。その後甥が遠洋航路に雇われて遠くへ行くとうので、ポン・レヴェックからオンフルールへの4里の道を急ぎ足で歩いて行った。
 フェリシテにとってアメリカや、植民地や、西インド諸島などと聞けばそれは遠い遠い世界の果ての見当もつかぬところだった。
 それからはフェリシテは甥のことばかり考えた。またオバン夫人も娘のことが心配だった。ヴィルジニーは情が深い子であるが、体が虚弱だからである。
 フェリシテにとってはヴィルジニーも甥もどちらも劣らず大切だった。
 ある日オバン夫人が編み物をしているとき、手紙を受け取った。それには「ヴィクトールが出先で死んだ」とあった。
 その頃ヴィルジニーの体が弱ってきていた。ヴィルジニーが肺炎を起こした。尼さんが「お嬢様はただいまご他界なされました」と言った。オバン夫人は寝台のそばで崩れるようにして泣きじゃくった。二晩の間フェリシテは寝台の傍を離れなかった。亡き骸はオバン夫人の意志でポン・レベックへ連れ帰った。オバン夫人の嘆きはきりがなかった。数ヶ月の間夫人はまるで気の抜けたように、部屋の中にじっとしていた。フェリシテは何かと夫人に優しくした。
 フェリシテはヴィルジニーの墓に毎日のように出かけた。
 数年の月日が経った。親しい人が何人かこの世を去っていた。ポン・レベックの町にも7月革命の知らせがもたらされた。いろいろあったがオバン夫人を唯一慰めるのは息子からの手紙であった。だがその息子は酒場に入り浸って何をやっても長続きしなかった。
 オバン夫人とフェリシテは二人でよく散歩したが、いつもヴィルジニーのことを語りあった。ヴィルジニーの部屋で遺品を眺めていたとき、二人は上下の関係を忘れて、互いの苦悩を泣きつくすまでひしと抱きあった。それから後はオバン夫人を動物的な真心と宗教的な尊敬を込めてフェリシテは労わった。
 フェリシテの情愛はさらにひろまった。コレラ患者の世話もしたし、ポーランド人の爺さんの世話もした。ところがこの老人もやがて死んでしまった。フェリシテはミサをあげた。その日のことフェリシテに大きな幸福が訪れた。群長夫人からオバン夫人にオームをいただいたのだ。この鳥は長い間フェリシテの空想を捉えた。ところがオームが糞を撒き散らしたり、水鉢の水を撒き散らしたりするので、とうとうオバン夫人はこれをフェリシテに呉れてしまった。オームの名はルルといった。フェリシテはまずオームの教育にかかった。
 オームを放し飼いにしていたので、オームがいなくなった。あちこち探しまわったがオームは見つからなかった。ところがある日オバン夫人と話し合っているとき、オームがフェリシテの肩に停まり帰ってきた。
フェリシテは咽頭炎を患い耳が遠くなった。やがて聞こえるのはオームの鳴き声だけだった。フェリシテとルルは何かしら話し合った。フェリシテは孤独な生活の中でオームが殆ど息子か恋人のようになった。しばらく一緒に生活したあと、オームは金網に爪を掛けて死んでいた。フェリシテが悲しんでいるのを見てオバン夫人は「剥製にでもしたら」と言った。フェリシテは自分でオンフルールまで手かごに入れてさげて行った。剥製になったルルを部屋の暖炉の上に置いた。フェリシテは毎日夢遊病者のような日々を送った。教会で精霊を見ているうちに、それが何処となくオームのように見えた。精霊とルルが一緒に見えるようになった。
 大きな事件が一つ起こった。それはポールの結婚だった。ポールも堅気になって母親のもとへ妻を連れてきた。嫁はポン・レベック風に話し、お姫様を気取ってフェリシテの気を悪くした。オバン夫人も嫁が帰るとほっとした。
 次の週に代書人のプウレイさんが死んだ。いろいろ悪事が明らかになった。隠し子があったこともわかった。
 そのあとオバン夫人も72歳で亡くなった。誰も泣くものはいなかったのにフェリシテはオバン夫人のために泣いた。十日後に相続人夫婦が来た。この家が売りだされることをフェリシテは知った。フェリシテはよろけて椅子に腰掛けて座った。彼女はオバン夫人から形見に380フランの年金をもらった。衣類は一生着るだけあった。家は借り手も買い手もつかなかった。
 フェリシテは復活祭のあと血をはいた。ルルを引き取ってくれるように司祭に頼んだが、
しばらくしてフェリシテも息をひきとった。
 

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