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『初雪』<モーパッサン [あらすじ]

『初雪』<モーパッサン
 南仏カンヌ周辺の海や山の描写がされている。
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 クロワゼットの長い散歩歩道が青い海に沿ってゆるやかに弧を描いている。遥か右の方にはエステレルの山々が遠くの海の中に伸びて水平線を限っている。
 左の方にはサント=マルグリット、及びサン=トノラの二つの島が海の上に浮かんでいる。広い湾や山々に沿って至るところ白亜の山荘が太陽の下に眠っているように見える。
 水際に近い家の門は波が洗ってゆく散歩道に面して開かれている。冬の生暖かい一日のことである。婦人たちは子どもが遊んでいるのを見つつ、男たちと話しをしながら砂の上を歩いている。
 クロワゼットの通りに向いた門をあけて、小さな洒落た家から若い婦人が姿を見せた。海に向いた空のベンチの方へ20歩ほど歩いて行き疲れた様子で喘ぐようにして腰を降ろした。蒼ざめた顔はまるで死人のように見える。透き通った指を唇に当てた。彼女はツバメが飛び交っているのや、青空や、遥かな山々や、美しい海を眺めるのであった。彼女はニッコリとして「おう!私は何と幸福であろう」と呟いた。
 けれども彼女はやがて自分が死んでゆくことを、ふたたび春をみることはないだろうことを知っている。経帷子に身をつつんで骨だけになっていることであろう。
 彼女はもはやこの世にはいないのだ。永遠に終わっているのである。蝕まれた肺に花園の香気を吸い込もうとするのであった。彼女の思い出が手繰られる。
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 彼女がノルンデイーの貴族と結婚させられたのは四年前のことだった。相手は逞しい若者だった。二人が結婚したのは財産上の理由からだった。彼女はNonと言いたかったのだがOuiと言った。
 夫は彼女をつれてノルンデイーの城館へ帰った。馬車から降りて「まぁ陰気なところですこと」と言った。やがて孤独な生活が続く。彼女は快活な生活を楽しむパリジェンヌだっただが。
 夫は「退屈したことはない」と言い、二人は接吻に時を過ごした。こうした状態が一週間続いた。それから妻は家事に専念した。
 季節は夏であった。彼女は取り入れを見るために野原を歩きまわった。心もうきうきしていた。
 秋が訪れて、夫は狩りを始めだした。二匹の犬を連れて行ったが、この犬たちは帰ってくると彼女の愛情に溺れた。夫は決まりのように狩りの話を物語るのだった。
 冬が来た。雨の多いノルマンディーの冬である。鴉の群れが来てまた去って行った。4時頃になるとその鳥の群れは楓の枝に真っ黒になって動いている。来る夜も来る夜も彼女はそれを眺めた。夜の寂しさが身に浸みた。人を呼んで暖炉に火を入れさせたが、暖まらなかった。彼女はいたるところで寒がった。夫は狩りか畑仕事で夕食の時にしか帰ってこなかった。
 夫は嬉しそうにうきうきとして帰って来るのだった。彼は幸福で健康で無欲だった。
 12月になって雪が降るようになって、彼女は屋敷の凍るような空気に耐え難いほど辛かった。ある晩彼女は夫に「この家に暖房装置が欲しい」と希望を打ち明けた。
 夫は彼女の希望に茫然とした。そして「この家に暖房装置だって、茶番だ」と言って笑い飛ばした。彼女は抵抗したが、夫は「馬鹿な」と言って取り合ってくれない。
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 1月の初め頃に彼女に大きな不幸が襲った。両親が交通事故で亡くなったのである。それから半年ほど悲しみばかりが彼女を襲った。
 よく晴れた日が続き暖かくなると彼女の心も元気づいた。秋がくるまでその日その日を暮らした。再び寒さがやってくるようになって彼女は暗澹たる未来に直面したのである。何をしても無である。医師は彼女には子供ができないことを宣言した。
 昨年一層厳しい寒さに身を苛まれた。彼女の体のいたるところに寒さが浸みこんだ。彼女は再び暖房のことを夫に話したが、「お月様」を欲しがるようにしか受け取られなかった。ある日彼はルーアンへ行った時、携帯用の行火を買ってきてくれて、これで永久に妻が寒さから解放されているように思っているようだった。
 12月の末になって彼女はここではどうしても生きて行けないように思って、「1~2週間パリへゆきましょうよ」と提案したが、夫は「ここが良すぎるくらいじゃないか、突拍子もない」と言って取り合ってくれなかった。
 彼女は「気晴らし」のことを言った。すると夫は「気晴らしって何だい、芝居かい、夜会のことかい、それともご馳走を食べにゆくことかい。ここへ来る前にお前はそんなことはいけないと充分知っていたではないか」という。
 彼女は夫の言葉に非難が込められていると感じて黙って泣いていた。夫は「どうしたんだ」と言ったが、彼自身は幸福そうだった。彼は春、夏、秋、冬の季節がそれぞれの人に快楽を与えることを知らなかった。
 彼女は「私は哀しいのです、少し気分が悪いのです、寒いのです」と言った。夫は怒りでカッとなったようだった。
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 夜が来た。彼女は自分の寝室へ昇った。そして「死ぬまでこんな風なんだわ」と思った。彼女は「お前は風邪一つひいたことがないじゃないか」という夫の言葉を思いだし、怒りが心を摑んだ。咳をして病気になれば、暖房器具をつけなければならないようになるだろう。殆ど裸の状態で素足のまま階段を降り庭に出て桜の木のところまで行こうとした。楡の木のところまで行き引き返したが、2・3度倒れそうになった。しかしさらに自分の身体に雪をこすりつけた。
 彼女は部屋に帰った。床に入って熟睡したが、翌朝、目が覚めると咳をした。肺炎になって譫言を言った。医師が来て暖房器具を備えつけることを勧めた。夫は露骨に不機嫌な様子をした。
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 彼女はなかなか回復しなかった。生命に不安さえ感じられた。医師が南国への転地を進めた。そして彼女はカンヌに来て太陽を知り、海を愛した。オレンジの樹の香りを吸い込んだ。
 やがて春が来て彼女は再び北国へ帰った。けれども彼女は治ることが怖かった。地中海の暖かい海岸を夢見るのだった。彼女は死のうとしていた。彼女は幸福だった。
 彼女は新聞を手にした。そこには「パリの初雪」という見出しがあった。彼女は南仏の山々や海のことを思い描いた。外へ出ていたのだが、寒気がしたので家に帰った。そこには夫の手紙が置いてあった。
 「愛する妻よ」と見出しがあり「2・3日前から氷りが張るようになった。雪の降るのも近いだろう」とあった。

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